次に、藤田 耕史 氏(名古屋大学大学院 環境学研究科教授、笹ヶ峰会)から、『ヒマラヤ氷河研究最前線 〜2009年のヒマラヤ氷河スキャンダルとその後の展開〜』と題した発表をいただきました。

IPCC 第四次報告書のヒマラヤ氷河に関する記述に誤りがあることが2009年、Science 誌上で指摘され、「ヒマラヤ氷河スキャンダル」もしくは「グレーシャーゲート」などと呼ばれた。その後,同報告書には他にも信頼性に乏しい記述があることが明らかになり、IPCC 全体の信頼性を揺るがす一大スキャンダルとなった。
 藤田教授は、同報告書のヒマラヤ氷河に関する問題箇所の改訂を行った国際研究チームの一員を務めた、第一線の雪氷学研究者である。本講演ではヒマラヤ氷河スキャンダルの経緯と原因、IPCC の対応を説明した後、このスキャンダルをきっかけに、世界の氷河研究コミュニティがヒマラヤを含むアジアの高山域氷河に注目し、その後の数年間で多数の研究成果が得られたことを紹介した。
 アジア高山域の氷河の消長(質量収支)は、世界の海面の高さに影響するほか、その融解水は下流の河川流域に住む17億人の生活に利用されるなど、社会的な関心は高い。ヒマラヤ氷河スキャンダル後に得られたアジア高山域氷河の広域質量収支の研究は手法で分けると(1)現地観測、(2)モデル計算、(3)人工衛星観測(重力による氷河質量観測、氷河表面高度観測)があり、その研究成果は藤田教授の総説論文(註1)に詳しく紹介されている。 
 重力観測衛星は、広域にわたる氷河の総質量変動を測定することができるが、湖水に流入し蓄えられる氷河融解水の質量も含めて測定してしまうため、氷河変動量が少なめに見積もられる傾向がある。衛星に搭載したレーザー高度計による氷河表面高度観測は、比較的狭い範囲の氷河の消長を、より正確に測ることができ、東ヒマラヤでは顕著な氷河縮小が見られ、カラコルムでは氷河が微増するという地域差が明瞭に検出できている。これらの衛星観測に基づく研究結果は、いずれもヒマラヤの氷河は、世界の他の氷河に比べ著しく減少しているわけではないということを示しているが、見積もられた氷河減少量は、研究手法により数倍の開きがある。
 藤田教授は、今後の研究課題として、見積の精度を上げてゆくには、質量収支の素過程を現地調査で明らかにしてゆくこと。特に涵養域である標高の高い氷河や、デブリで覆われた下流域の氷河での現地調査が極めて重要であることを指摘した。このようにアプローチが難しいヒマラヤの氷河に、確かな登山技術をもった雪氷学研究者が赴き、現地調査に活躍することに、心から声援を送りたい。
(註1)藤田耕史,20014:ヒマラヤ氷河スキャンダルとその後,雪氷,76,69-78.

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