3番目に、谷山 宏典(明治大学山岳部炉辺会、フリーライター)から、『明治大学体育会山岳部『ドリームプロジェクト』を振り返る 〜部員・OBによるヒマラヤ8000m峰14座完登の軌跡〜』と題した発表をいただきました。

 明治大学山岳部、同OB組織である炉辺会によるヒマラヤ登山は1965年のゴジュンバ・カン(7646m)初登頂で始まった。炉辺会員による初めての8000m峰登頂は1970年、植村直己氏によるエベレスト登頂(日本山岳会隊)であった。以後、彼らはヒマラヤ登山隊を編成したり、他組織のヒマラヤ登山隊に隊員を派遣するなどして多くの成果を挙げてきた。

 1997年、炉辺会はマナスルへ8名の登山隊を送り、同会独自の隊として初の8000m峰登頂に成功した。この時点で、同会員による8000m峰登頂は10座に達していた。そこで、数年後に控えた明治大学創立120周年(2001年)、山岳部創部80周年(2002年)の記念事業として、残る4座を登り、8000m峰全14座の登頂を達成しようという計画が立てられた。これが「ドリームプロジェクト」であり、1999年に発足し、2003年のアンナプルナI峰(8091m)登頂をもって完結した。その記録は講演者の著書「登頂八〇〇〇m-明治大学山岳部14座完登の軌跡」にまとめられている。講演者はドリームプロジェクトの一員であり、2001年のガッシャーブルムⅠ、Ⅱ峰の登頂者である。講演では14座の登頂の経緯が、登頂順を追って、写真やエピソードとともに紹介された。

 明大山岳部では数年に一度、すべてをヒマラヤ登山に捧げる若者が出現したという。彼らが中核となってヒマラヤ登山が行われ、そこでの成功経験と自信はOBとなった彼らを更に8000m峰へと向かわせていった。このようにして炉辺会には8000m峰登山の技術と経験が継承・蓄積され、ドリームプロジェクトの成功へとつながっていったのであろう。「山岳部でしっかり国内登山の訓練を積めば、ヒマラヤに通用する」という言葉の重みを感じさせられた。

 

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