次に、相馬 拓也(早稲田大学高等研究所 助教)から、『アルタイ山脈のユキヒョウと遊牧民 〜生態観察、獣害対策、民俗伝承の複合型生物誌の研究~』と題した発表をいただきました。

 講演者は第35回雲南懇話会でモンゴル西部のイヌワシを用いた鷹狩文化について講演されたが、今回はユキヒョウについての講演である。ユキヒョウは現在、モンゴル国内に600~900頭生息しており、絶滅危惧IB類に登録されている。最近、モンゴル西部の山地ではユキヒョウが頻繁に遊牧民に目撃されるようになり、2014年を境に遭遇事故、家畜の襲撃被害が急増している。これに対し遊牧民は、法律で保護されているユキヒョウを私的に駆除する等の応酬的措置をとるようになってきた。

 講演者はユキヒョウと遊牧民の間の持続可能な共存圏の確立に向け、ホブド県の4ヶ村で保全生態学的調査を行った。調査は(1)ユキヒョウの生態行動観察、(2)家畜被害の現状と獣害対策、(3)ユキヒョウに関する伝承・儀礼等の調査、という3つの研究領域にわたる「複合型生物誌」調査である。(1)については、トラップカメラやドローンを用い、成獣13個体、幼獣4~5個体を特定した。(2)については遊牧民105世帯について聞き取りを行い、目撃180件、遭遇53件、仔馬の被害104頭(内、89頭が死亡)が得られた。最近の被害急増の原因として野生の草食動物が2009~2010年の雪害で多数死亡し、ユキヒョウの食餌環境が悪化したことや、保護政策によりユキヒョウが人間を恐れなくなったことが挙げられるが、一方、遊牧民側の原因も考えられる(ユキヒョウの餌になるタルバガンの乱獲、家畜の過大所有と過放牧、家畜防衛の怠りなど)。(3)については、ユキヒョウを狩猟で殺した場合に行われる「ユキヒョウ送りの儀」が多数確認された。この儀式は遊牧民がユキヒョウに対して抱く聖性・禁制の気持ちを象徴するものであろう。

 現在、遊牧民の間には家畜被害に対する政府の対策遅れ、補償制度の不在について不満が募っているが、かつての遊牧民はユキヒョウによる家畜被害を「自然への返礼」と見る環境共生観・保全生態観を持ち、それを伝承や儀式を通じ伝えてきた。遊牧民がこのような観点に立ち返り、政府に依存するよりも、自ら能動的に家畜防衛に取り組むことがユキヒョウと遊牧民の望ましい未来につながるであろうと講演者は指摘する。

 

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