次に、東苑 泰子 氏(地球の旅人)から、『映像トークショー「インド北東部、インパール・コヒマの今 〜人々の暮らしと祭礼〜」』と題した発表をいただきました。

 インド北東部にあるインパールとコヒマは、ミャンマーとの国境地帯にあり、様々な少数民族が住んでいる。第二次世界大戦中、日本軍と連合軍が死闘を繰り広げたそれらの町、及び周辺地域では、現地の人々に当時の日本兵の存在が記憶され続けている。2019年6月頃、日本兵の血で赤く染まったという「レッドヒル」の近くに戦争博物館が開設されたという。
 現在、インパールとコヒマは、それぞれインドのマニプリ州とナガランド州の州都となっている。東苑氏は、山に囲まれた盆地のインパールで、メイテイ族の尊老が管理する自宅兼ゲストハウスに滞在し、親戚の間で行われる行事(毎年9月、10月に行われる先祖を祀る祭)や近所で行われたメイテイ族の結婚式、町を挙げて開催される季節の祭り(ヒヤンタン寺院の秋祭り)に参加することが出来た。一方、山沿いのコヒマでは、乗合いバスで偶然に隣り合わせたナガ族の若い母親のアパートにお世話になり、ナガランドの部族が一堂に会するホーンビル・フェスティバルを体験し、堪能することができた。
 本講演では、これらの祭りの様子とともに、現地の人々との交流を通じて体験した各部族の暮らし、伝統文化、彼らが抱える生活実感、町の風景などを紹介された。映像・画像に見る穏やかで和やかな暮らしぶり、敬虔な祈り(儀礼)、昔とさして変わらぬであろう長閑な田園風景…・・・。(会場での質問に答えて、コヒマに住むチベット族の長老に照会したところ)ナガランドに住んでいるチベット人は、100人くらいいる。チベット出身者は、1980 年代からコヒマやディマプールなどの町に住んでいる。大きなコミュニティーではないので、チベット寺院は無く、お祈りや行事のために部屋を借りているとのことであった。
(以下は前田の感慨です)脳裡を過ぎるのは、その対極ともいうべき日英両軍の戦闘、雨季に入り敗残の日本軍兵士が辿った山路・大河の渡河・タイ国への道、タイ国内の撤退路(総称して所謂、白骨街道)である。
2019年8月17日、NKK-BSで「戦慄の記録 インパール」と題する2時間に及ぶ番組が再放送された。戦闘直後の日本兵の死体、きちっとした軍装にハエが集る様子が映写された。作戦中止、即ち撤退を開始してからの死者の数が夥しく急増していく様が青色で点描された。痛ましいこと限りなし。

 

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