次に、嶋村 鉄也氏(愛媛大学大学院農学研究科准教授)から、『スマトラ・カリマンタンの低湿地と地球環境問題 〜泥炭湿地をはいずりまわる〜』と題した発表をいただきました。

 最近、世界各地で大規模な森林火災が報道されている。嶋村氏の研究フィールドであるインドネシアの熱帯泥炭湿地林の火災もその一つであり、1997年の大規模火災ではインドネシア一国で0.8~2.6ギガトンの炭素が大気中に放出された。これは世界全体の年間化石燃料消費量の13~40%に相当するという(Page et al., Nature, 2002)。
 熱帯低湿地の水が溜まりやすい場所では植物遺体の分解が抑えられ、泥炭層となって堆積する。その厚さは10mを越え、最厚部が20~30mに達するドーム状地形を形成する場合も多い。一般的に、森林での樹木が占める空間密度は0.8%程度となっているが、泥炭湿地林では地下のほぼ100%が植物遺体で埋め尽くされるため、地下の炭素蓄積量は地上に比べ膨大になる。そのため泥炭層が火災を起こすと大量の炭酸ガスが排出され、地球環境に深刻な影響を及ぼすわけである。
 野外調査フィールドとしての熱帯泥炭湿地林は、世界最悪の環境と言える。高温、多湿。ありとあらゆる毒虫と吸血動物。地盤は軟弱で、樹木根の無いところへ足を踏み出せば膝から股下まで潜ってしまう。嶋村氏は学生時代、熱帯での研究にあこがれ、アジアアフリカ地域研究研究科生態環境論研究室のドアを叩いた。教授は嶋村氏の風貌を一目見て、この過酷なフィールドに耐えられる人物と見込み、彼をそこに送り込むことにしたという。
 現在、熱帯泥炭湿地林は、地球温暖化との関連から、その炭素蓄積量や収支動態への関心が高まり、多くの研究がなされるようになった。しかし、その生態系の研究は殆ど手つかずで、嶋村氏は学生時代以来、一貫してこの未開の研究分野に取り組んできた。その研究成果の一端として、泥炭湿地林の開花結実の時期が、雨期に伴う水位上昇や動物による捕食と深く関わっていること等を紹介した。
 また、泥炭湿地林の開発に伴う環境問題についても語った。開発にあたり、森の樹木は皆伐され、湿地に排水路が掘られ、泥炭地は乾燥化する。農地に転換するため泥炭に火入れが行なわれる。しかし、農地として使い物にならない場合も多い。例えば1995年、政府が行った大規模水田開発では、100万ヘクタールの土地のうち、その大部分が、繰り返す火災によって放棄された。放棄された泥炭地はチガヤが繁る荒廃地となり、乾燥した泥炭が火災を起こしやすい危険な土地となる。
 地球環境を守る観点からは、このような荒廃地の原状回復が望まれるが、地元住民は環境問題よりももっと差し迫った問題を抱えている。元の森林を回復させるには数十年の歳月を要すが、まずはこの期間、地元社会が安定に維持されることが先決である。また森林を管理するには、生物の営みについての基本的知見も必要になる。それゆえ泥炭湿地林を巡る環境問題は、温室効果ガスや炭素動態のみの問題ではなく、生物・環境・人間社会の総合的な問題として捉えるべきである、と嶋村氏は強調する。

 

最後に、山本 宗彦 氏(明治大学山岳部(前)監督、炉辺会、日本・ネパール カンチェンジュンガ登山隊(JAC、1984年)隊員)から、『冬山登山の実像 〜黒部川横断、冬劔、冬薬師、そして海外の山々〜』と題した発表をいただきました。

 山本氏は明治大学山岳部を卒部した後、同部のコーチ、監督(2005~2017年)を長く務め、2019年より日本山岳会の副会長を務めている。同氏は多くの高度な海外登山(ボゴダⅡ峰初登、レーニン峰・コミュニズム峰登頂、カンチェンジュンガ南峰(8250mまで)、主峰(8300mまで)、マッシャーブルム北西壁初登攀、ブロードピーク、ラカポシ東峰、チョモランマ東北東稜の登頂、マカルー東稜下部初登攀など)、冬期の剣岳、黒部横断登山などを重ね、60歳を迎えた現在でも重荷を背負い、若い仲間と冬の剣岳や、その周辺の登山を続けている。これらの山々の素晴らしいスライドとともに語った同氏の言葉は含蓄が深く、共感を呼ぶものであった。その一端を当日の配布資料を参考に、紹介したい。
・私は13歳の秋に、登山を自分の生活の軸にすることを決め、明治大学山岳部を目指すことにしました。そのためには明大附属高校に入るのが早道で、その入試に必要な3科目だけを中学で勉強し、入学することができました。
・私は13歳の秋に登った秩父御岳山を自分の登山の第1回目として記録を取り始め、2019年最後の山行が733回目となりました。その中で、私にとってはマッシャーブルム北西壁初登攀も秩父御岳山も同じ1回であり、同じように価値ある登山です。
・私にとっての登山は、自然の中に自ら分け入り、山に登る素朴な行為であり、ひたすら自身の価値観を具現化し続ける信仰のような行為です。いつのまにか、その信仰は47年ほどになりました。
・自分で考え、自分で決め、自分で実践することが登山の基本であり、自分で作ったルールを自分で守りながら登る行為は、自由ということの究極な表現であり、一つひとつの登山は、あたかも作品の様なものかもしれません。
・既存のルートから外れた日本の冬山は「不安・不快・不便」が際立ちます(これに比べれば、ヒマラヤは快適です)。日本の雪山はヒマラヤと異なり、毎年、夏には雪が消え、冬には雪が積もる繰り返しで、毎年状態が変わり、一度でも同じ冬の剱岳に遭遇したことはありません。未知への遭遇があり、新しい発見があります。
・私は冬の剱岳と大学山岳部の合宿で出会いました。五六豪雪(註1)と呼ばれた年の冬に赤谷山から剱岳まで縦走したことが今の登山の原点の様に感じます。まだまだ未熟な大学3、4年生の山岳部員が、あの状況の中で計画を完遂して無事に下山できたことは、運に恵まれたことも否定できませんが、同時にそれを実現した思 
 考と歴史は自分の血肉であり、私の登山の土台となっています。
・「藪山からヒマラヤへ、そして冬の剱岳へ」という私の登山は、現代のスマートでファッショナブルな登山とは程遠く、地を這うようで泥臭いものです。同じことを繰り返す愚直な行為ですが、その行為を通じて、決してお金では買うことのできない、誰からも盗まれることのない宝物を得ることができたように感じ、山と登山という行為に感謝しています。
その他、大切なこと、大事にしていることとして、「家族の理解」、「事故を起こさない」、「一緒に登る仲間がいること」を挙げ、雪崩などの事故を未然に防ぐために「雪の声を聴けるようでありたい」と語った言葉が印象的であった。
(註1)五六豪雪:昭和55年12月から56年3月にかけ、東北地方から北近畿までを襲った記録的豪雪。この冬の降雪量は福井市で昭和38年の596cmを超え、622cmを記録。昭和61年の豪雪と並び、歴代1位である。

 

12 / 22、開催予定です。

第50回雲南懇話会は、2019年12月22日(日)に開催いたします。ご予定に入れておいて頂ければ幸いです。

概要

第50回

日時;2019年12月22日(日) 13時00分~17時30分。茶話会;17時30分~19時30分。
場所;国際協力機構(JICA)研究所、国際会議場(JICA 市ヶ谷ビル2階、東京市ヶ谷)

アクセス: https://www.jica.go.jp/jica-ri/ja/about/access.html 

  演題
発表者
所属
1 雲南中華世界の膨張、絶え間なく移住する人々 〜石屏県とプ-アル茶を巡る歴史の中で〜 西川 和孝 早稲田大学非常勤講師
 2 七つの大陸の最高峰を訪ねて 〜山岳部復活を目指したドリーム計画〜 落合 正治 神奈川大学体育会山岳部総監督
3 スマトラ・カリマンタンの低湿地と地球環境問題 〜泥炭湿地をはいずりまわる〜 嶋村 鉄也 愛媛大学大学院農学研究科准教授
4 冬山登山の実像 〜黒部川横断、冬劔、冬薬師、そして海外の山々〜 山本 宗彦 明治大学山岳部(前)監督、炉辺会、日本・ネパール カンチェンジュンガ登山隊(JAC、1984年)隊員
<添付資料>
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