2010年4月17日開催の第14回雲南懇話会は、お陰様で95名の参加をいただき、盛況の裡に終了いたしました。講師の方々を始め、皆様のご協力/ご支援に対しまして、深甚なる感謝を申し上げます。

当日用意しました「寸志の箱」には、多数のご芳志が寄せられました。次回以降、シルクロードに関連する歌や舞の「催し」に充当する原資としていきたいと思っています。演ずる(ウイグル族、チベット族、蒙古族などの)若者へのご支援とお考えいただき、折々のご芳志のご提供をお願い致します。

(撮影:長岡正利)

第14回 (2010年4月17日(土)東京市ヶ谷・JICA研究所/ 国際会議場
  演題
発表者
所属
1 樹木医の見た雲南の暮し
-雲南懇話会・第7回Field Work、2009年11月-
渡邊 裕之 愛知県樹木医会
2 白鷹の峰 ロプチン(KG-2)6,805m・初登頂
-ヒマラヤの東・カンリガルポ山群、2009-
井上 達男 神戸大学山岳会, 神戸大学・中国地質大学(武漢)合同学術登山隊(日本側)隊長
3 中国・内モンゴル牧畜民の暮し
-中国とモンゴル国の国境の町から-
児玉 香菜子 千葉大学 文学部
4 アフリカ・ウガンダ国におけるネリカ(New Rice for Africa)の研究と普及活動 西牧 隆壮 独立行政法人 国際協力機構
5 雲南タイ族の年代記
-明朝末期の徳宏州(雲南省西南部・ムンワン / 隴川)の物語-
Christian DANIELS 東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所
6 MIHOさんによるベリーダンス
-茶話会の趣向として-
MIHO Miho BellyDance

20100417_14_01_watanabe_80x9620100417_14_01_watanabe_01_projector_page_18_128x96まず、『「樹木医の見た 雲南の暮らし」 -雲南懇話会・第7回Field Work、2009年11月-』と題して、渡邊 裕之 氏(日本樹木医会愛知県支部)のご発表をいただきました。

≪以下、講演要旨よ り≫

中国は広い。中部国際空港から上海まで飛行機で2時間半、上海で国内航空に乗り換えて雲南省の昆明まで3時間余、名古屋~上海間より上海~昆明間を飛んでる距離の方が長い。中国の広さは日本の約26倍、雲南省だけでも38万k㎡と日本全土より広い。

今回、雲南懇話会「第7回Field Work」10名の団員の1員として、2009年11月2日から15日までの14日間、雲南省の南部に住む少数民族を訪ねる旅に参加したので、私見を交えての見聞記を以下に記します。

私は海外への渡航経験も少なく、ましてや広い広い中国の辺境の一部を垣間見ただけなので、多くの誤解や知識不足、観察不足等による偏った記述が多々あると 思われます。遠慮なくご指摘、ご批判いただければ幸いです。

<添付資料>
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20100417_14_02_inoue_01_projector_Page_01_128x9620100417_14_02_inoue_80x96次に、『白鷹の峰 ロプチン(KG-2)6,805m・初登頂 -ヒマラヤの東・カンリガルポ山群、2009-』と題して、井上 達男氏(神戸大学山岳会, 神戸大学・中国地質大学(武漢)合同学術登山隊(日本側)隊長)のご発表をいただきました。

≪以下、講演要旨等 よ り≫

21世紀の今日、地球上に未探検地域や未踏峰が林立していると言えば多くの人が耳を疑うであろう。カンリガルポ(崗日嘎布)山群はヒマラヤの東、東南チベットに位置し、全長280Kmの山脈を形成している。私たちがロプチン峰に初登頂するまで、およそ30座を越す6000m級の未踏峰のどれ一つ登られていなかった。また、周辺にはまだ未探検の地が多くある。初登頂に至る23年間の努力と山群の美しい未踏峰の写真を紹介したい。

20100417_14_03_kodama_80x9620100417_14_03_kodama_01_projector_modified_Page_01_128x963 番目には、児玉 香菜子氏(千葉大学文学部准教授)にご発表いただきました。演題は『中国内モンゴル牧畜民の暮らし -中国とモンゴル国の国境の町エチナから-』でした。

≪以下、講演要旨よ り≫

エチナは内モンゴル自治区の最西端に位置し、モンゴル国と長い国境をもつ。このエチナには広大なゴビにその上流に降った降雪雨が河川となって流れ込むことで、オアシスが形成されている。広大なゴビに形成されたオアシスは東西、南北を結ぶ交通と軍事の要衝であった。現在、エチナにはエチナ=トルゴードと呼ばれるモンゴル族をはじめ、さまざまな出自をもつ人びとが住んでいる。エチナのモンゴル牧畜民の暮らしを「国境」の視点から紹介する。

20100417_14_04_nishimaki_01_projector_Page_27_128x9620100417_14_04_nishimaki_80x964番目には、西牧 隆壮氏(独立行政法人 国際協力機構 専門家、日本沙漠学会 評議員)から『アフリカ・ウガンダ国におけるネリカ(New Rice for Africa)の研究と普及活動』と題した発表をいただきました。

≪以下、講演要旨よ り≫

アフリカでは近年コメの消費が都市部を中心に、一人当たり25kg/年と急激に増加しているが、生産が消費に追い付かず、その半数はアジアを中心とした国からの輸入に頼っている。アフリカのコメの増産が極めて重要なことを認識した我が国は、2008年に「アフリカ大陸でコメ生産量を10年間で倍増させる」との支援を打ち出した。その切り札の一つが、アジア稲とアフリカ稲の交配種である陸稲「ネリカ(New Rice for Africa)」である。 ウガンダ国における農家の稲作栽培技術の特性を考慮した、ネリカの研究と普及の状況について発表する。

<添付資料>
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20100417_14_05_daniels_80x9620100417_14_05_daniels_01_projector_Page_01_128x96最後に、Christian DANIELS氏(東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 教授)から、『雲南タイ族の年代記 -明朝末期の徳宏州(雲南省西南部・ムンワン / 隴川)の物語-』と題した発表をいただきました。

≪以下、講演要旨より≫

雲南は、北の「チベット族文化圏」と南の「タイ族文化圏」をつなぐ位置にあります。「タイ文化圏」には東南アジア的要素が顕著ですが、現在のバンコクを首都とするタイ王国が中心の文化圏ではありません。タイ系言語を話す民族はタイ王国だけではなく、中国、ミャンマー、ラオス、ベトナム、アッサムなどにも広く分布しています。このことは、歴史上、これらの地域に、タイ系民族を中心とした小王国が数多く存在していたことに由来します。タイ族はチベット族と同じように自己の文字を使用しており、自己の立場から王国の歴史を書きとめた年代記を残しています。雲南西南部の徳宏州にあったムンワン(漢名;隴川)というタイ族の小王国は、中国とミャンマー両国の間接統治を受けていました。講演では、16世紀末、この王国で発生した事件を通じて、タイ族が自己の歴史をどのように理解していたかを紹介します。

<添付資料>
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茶話会の趣向として、MIHOさんによる、ベリーダンスを披露していただきました。

(撮影:長岡正利)

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