2015/6/8 直筆の講演録を追加

『19世紀のペルシアを旅した ヨーロッパの旅行家たち - バンベリー、ヘディン、サイクス、スタイン、カーゾン と、明治前期の日本人の旅行記を中心に』 と題して、金子 民雄様(歴史家・中央アジア研究家)のご発表をいただきました。

内容は、2部構成として以下の通り実施されました。尚、冒頭で金子さん所蔵の稀覯(きこう)書(紹介する人たちの旅行記)の書影と掲載図版の紹介をいただきました。(撮影、編集、紹介は、全て長岡正利さんにより行なわれた。)

第1部;「ペルシアに入った日本人、ペルシアを通ったマルコポーロの東方見聞録、暗殺者教団、オマルハイヤームとルバイアート」

第2部;「バンベリー、ヘディン、サイクスらと、カーゾン卿」

是非、下記の"金子民雄さん直筆の講演録"をご一読ください。

【経緯】

この時の講演テープを起こし、その成果品(試作品)を編集の目的で、2014年3月初旬、金子さん宛に郵送しました。話し言葉のままでしたし、聞き取れなかった箇所、確認したい箇所も多くあった為です。

2014年4月、金子民雄さんから「講演会参加者へのお詫びのひと言」に添えて、文字通りの自筆の「講演録」を頂戴しました。それが「本稿」です。400字詰めの原稿用紙に、大よそ28,000文字が流麗に躍る、一気に書き下ろされた大冊でした!

2015年4月、当方で編集し雲南懇話会HPにアップすることなど、念の為の確認をさせていただき了承されましたので、ここに報告する次第です。

以下、講演要旨より。

 今日、お話しようと思っております中東のイランは、かってペルシャと呼ばれていてなんとイランと改名されたのは、1935年(昭和10年)のことでした。

 なにしろペルシャは歴史が古いので、一様にはいきません。私にも古いイランの歴史は専門でありませんので、とくに19世紀以降にこの国を旅し、その実情を紹介した人たちを通して、彼らの体験を中心にご紹介してみたいと思っております。

 時間が限られていますので、貴重で得難い資料を遺してくれた、私の選んだ代表的な人たちについてふれてみたいと思います。 後のインド総督となったカーゾン卿、ペルシャのローレスと言われた サー・パーシー・サイクスと妹の旅行家エラ・サイクス。巡礼者としてペルシャをめぐったヴァーンベリー、また彼を私淑したスヴェン・ヘディンなど。時間が許してくれたら、日本人の吉田正春、古川宣誉、福島安正にもふれてみたい。

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