2015/06/14 スライド掲載

 2015年4月18日(土)に開催した第32回雲南懇話会には110名の参加をいただき、盛況裡に終了致しました。皆様のご支援ご協力に感謝します。

 今回も九州(宮崎市)、北海道(夕張市?)始め、京都市、奈良県(吉野町)、三重県(名張市)、岐阜県(中津川市)、山梨県(都留市、北杜市)、静岡市等、遠方からの参加をいただきました。ありがとうございます。

⇒「講演の概要」を読む

(撮影: 長岡 正利)

第32回

日時;2015年4月18日(土)13時00分~17時30分。茶話会;17時30分~18時40分
場所;JICA研究所(旧国際協力総合研修所)国際会議場 @ 東京市ヶ谷

  演題
発表者
所属
1

インド横断、自転車紀行 / -Asian Highway1・パキスタン国境からカルカッタまで、2,069 km-

芳井 健一

サイクリスト, 通訳案内士(Licenced guide), 会社員
2 2014, ムスタンの未踏峰“Mansail 6,242 m”遠征記 / -女子大生4人と過ごした40日間、ムスタンの旅- 谷口 けい アルパインクライマー, ファシリテーター, 国立登山研修所講師
3 ブータンの小さな診療所 / -ブータン王国東部タシガン県カリンでの試み- 坂本 龍太 京都大学白眉センタ― 特定助教, 医師, 医学博士, AACK
4 鄭和とムハンマド・チョンホ / -雲南碑文のナゾ- 上田 信 立教大学文学部教授
 5

改革開放後の中国と新華僑 / -変容する世界のチャイナタウン-

山下 清海 筑波大学教授 (生命環境系 地球環境科学専攻)
<添付資料>
Download this file (20150418-32-99-aniya-voice.mp3)安仁屋代表による総括・講評[ ]0 kB

まず、『インド横断、自転車紀行 ~Asian Highway1・パキスタン国境からカルカッタまで、2,069 km~』 を、芳井 健一 氏(サイクリスト、通訳案内士、会社員)からご発表をいただきました。

アジアを自転車で走り始めたのは1992年の大連からという。

2013~2015年の間、延べ14日間でインド北部のインダス / ガンジス水系平野部を北西部のパキスタン国境から東部のカルカッタまで横断。文化の大動脈、旧Great Trunk Road、現在のAsian Highway1号線! インド国内区間のNational Highway1号線及び2号線を走行した。街道の風景、鳥や動物、人と暮し、食べ物など、インドの今を紹介された。

講演後にいただいたアネハヅルの舞う姿を添付します。

次に、『2014, ムスタンの未踏峰“Mansail 6,242 m”遠征記 ~女子大生4人と過ごした40日間、ムスタンの旅~』と題して、谷口 けい氏(アルパインクライマー、ファシリテーター、国立登山研修所講師)からご発表をいただきました。

2014年秋、JAC学生部女子隊の顧問として、ネパール国ムスタン地方の未踏峰に遠征した。

目指すは、かつてムスタン王国と呼ばれたチベット仏教域にあり、チベットとネパールの国境線上に聳える標高6242mのマンセイル峰。ムスタンは、1991年に開放されたばかりのかつての「塩の道」でもあり、河口慧海師の足跡があちこちに残されている土地でもあった。未知の山・見えない山へ向かう冒険的楽しみ、今様の女子学生(現在地の確認風景、山の描写、リンゴと杏子、水質検査、マニ車と自身の信仰心など等)、ヘリによる搬送(1名)、守られてきたムスタンの文化、ローマンタンの遠景、慧海記念館の内部のこと等、ユーモアを交え、弾むようによどみなく紹介された。

次に、『ブータンの小さな診療所 ~ブータン王国東部タシガン県カリンでの試み~』と題して、坂本 龍太氏(京都大学白眉センタ― 特定助教、医師、医学博士、AACK)のご発表をいただきました。

カリン診療所を拠点として高齢者への健診を中心とする包括的な保健体制づくりが行われている。村人自身が主体となり、患者さんを診療所で待つだけではなく、診療所に来られない村人も往診を通じて積極的に取り込む仕組みを目指している。プロジェクトの話とともに、現地に伝わる神や魑魅魍魎の世界、医療を担う毒吸男・毒盛り女の話、魅力あふれる人々やその日常の暮らしぶりについて紹介された。カリン滞在に至る折衝(政府高官、保健大臣、首相)過程の描写は迫力があった。

4番目には、『鄭和とムハンマド・チョンホ ~雲南碑文のナゾ~』と題して、上田 信氏(立教大学文学部教授)の発表をいただきました。

現在の中国は、海への進出のシンボルとして今から約600年前の明代に南シナ海・インド洋に遠征した鄭和を顕彰している。しかし、その実像はそうしたシンボルになり得るのだろうか。雲南省滇池の畔にある鄭和記念公園の内に、鄭和の父の墓碑がある。その碑文には多くのナゾが隠されているとして、そのナゾを解きほぐしながら、祖父と父がメッカ巡礼者(イスラム教徒)であった「鄭和」が経験した過酷な運命と、彼が海に乗り出した動機を探っている。現在のインドネシアにおける鄭和をめぐる状況も紹介された。鄭和は12歳の時に宦官にされたという。大船団は、鄭和の指揮下、モスレムのネットワークを活用して編成されたという。

2015/7/2 プロジェクタ資料を公開用編集版に差し替え

最後に、山下 清海氏(筑波大学教授、生命環境系 地球環境科学専攻)から、『改革開放後の中国と新華僑 ~変容する世界のチャイナタウン~、』と題した発表をいただきました。

改革開放後,中国(3地域)から新たに海外へ渡った新華僑の流入により,老華僑によって形成された世界各地の伝統的チャイナタウンは,大きく変容しつつある。また,新華僑の増加により,全く新しいチャイナタウンも形成されている。中国および世界各地でフィールドワークを実施してきた報告者の体験に基づき,中国の「僑郷」(華僑の故郷)及び日本を含む世界各地のチャイナタウンの変容と現状について、紹介された。

 王仕福さんのお墓と王貞治さんとの交信の様子も語られた。また、世界の華人が止む無く故郷を離れてRESETしていること、現政府は彼らをサポートしていないこと等が語られた。

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